嘘
レースの合間にヒガンさんと並んで休憩する。天気が良いですね、なんて世間話の延長でふと今日がエイプリルフールだと思い出した。
「えいぷりるふぅる?にゃは〜、それは良いことを聞いたのう♪あんたがわしにどんな嘘をついてくれるか楽しみじゃ」
「うーん…結構難しいですね。嘘でも人を傷付けてしまうのはダメだと思いますし…」
「わしはあんたになら何をされてもええぞ?」
「そんな…あっ!もしかして今のも嘘ですか?」
「にゃはっ、気付かれてしもうたわ」
「もうっ!そうだなあ…私、嘘を見破れる人が一人だけいるんです。少し首を傾げる癖があって…ふふっ」
「……随分楽しそうじゃのう」
「えっ…きゃっ!」
身体が揺らめき空が視界に入る。地面の冷たさでようやく押し倒されたことに気付いた。
「あんたにそんな顔をさせる男は殺してしまおうかの……にゃはっ、冗談じゃ♪」
「それも、嘘ですか?」
「そうじゃ、わしは嘘吐きじゃからのう」
「…私を好きっていうのも嘘ですか?」
「あんたは男を誘うのが上手いのう…だからわしは…縛り付けておきたくなるんじゃ」
鼻先が僅かに触れ、無意識の内に呼吸を止める。彼の口元はいつものように笑みを浮かべていた。
「なあ…えいぷりるふぅるっちゅうのは、言葉だけでのうて…したことも嘘になるんか?」
「私は…無かったことには、出来ないと思います」
「……そうじゃな」
「あの、ヒガンさ……」
「にゃはっ、ぜーんぶ嘘じゃ!怖がらせてすまんの。ややっ、わしのせいでアステルさんの背中に土がついてしもうたわ」
彼はにっこり笑うとがばっと起き上がり、私の手を引く。背後に回った彼は優しく私の服を払うと、腕を回しぎゅっと抱き締めた。
「…愛しとるぞ。これは本当じゃ」
耳元で囁かれ、一気に熱が上る。この体温と煩い心音は誰のものなのだろうか。
「私も好きです」
彼の腕にそっと触れ、震える声で呟く。少し力がこもった気がした。