名探偵タタン&サシャーロック・ホームズ〜二つの密室殺人事件〜
1 プロローグ
ロードオブグローリーの旅の途中、私たちはグランロット王の指示でとある小さな村に訪れていた。昨日この静かな村で二つも殺人事件が発生したのだ。魔物に襲われた可能性もあり、私たちは調査を頼まれたのだった。
「タタンさんとサシャさんのグループに別れるんですね」
「はいー。その方が早く解決できると思いますー」
「ヒーロー探偵がすぐに犯人を見つけてやるぞ!アステル!お前は俺の助手だ!」
「あー!タタンくんずるいですー。僕もアステルさんを助手にしたいですー」
「私は両方のお手伝いをさせてください。被害者の方のためにも早く犯人を見つけましょう!」
タタンさんのグループは街の一軒家で起こった事件を、サシャさんのグループは人里離れた洋館で起こった事件をそれぞれ担当することとなった。
2 名探偵タタンと第一の事件
「くんくん…お前、血の匂いがするぞ」
「なっ…!?」
郵便配達人の匂いを嗅いでいたタタンさんは、眉を吊り上げ静かにそう言った。私と同い年ほどの彼は驚いた顔をして一歩引き下がる。その瞬間、ラーカムさんの一声が緊迫感を打ち破った。
「よし、捕まえろ」
「ま、待ってくれ!クソッ、離せ!」
「この犬の鼻は確かだからな。アステル喜べ、事件解決だ」
「あの、ラーカムさん…証拠がありませんし、密室だった理由も分かりません」
「何?犯人を見つければ終わりではなかったのか。ふむ…ならば貴様らは今すぐにこの者が犯人である証拠を見つけよ」
ラーカムさんは暴れる郵便配達人を押さえるイクサさん、ヒューズさん、ジャミさんの三人にそう命令した。彼らは揃って嫌そうな顔をし、返事をすることなく容疑者を別室へと連れて行った。
タタンさん、ヒューズさん、ジャミさんは玄関や家の周りを調べることになり、リビングには私とラーカムさん、イクサさんが残った。
「よし、イクサ、被害者の情報を言え」
「はぁ…命令するな。被害者はX、55歳、妻は一年前に死亡。娘と二人暮らしだが、一週間前から娘は行方不明になってるな。死因は腹部を刺されたことによる失血死だ。郵便配達人によると配達に来たら部屋の中から叫び声を聞いたらしい。声をかけたが返事はなく、ドアには鍵がかかっていたと言っている。まあ、通りがかった近所の男も開かないのは確認している。二人で体当たりしてドアを破ったが、郵便配達人は『転んで足を怪我した』と言って通行人を先に現場へ行かせたらしい。被害者Xと郵便配達人、通行人との接点は特に無い」
「ふむ、怪しいな。あの男、足を負傷している素振りはなかったぞ」
「…ああ。それは俺も思った」
「嘘を付いていたんでしょうか?でも、どうして……」
「フン、犯人だからであろう」
「おーい、アステル!こっちに来てくれ!」
玄関の方からタタンさんの呼ぶ声が聞こえ向かうと、彼はドアの前でマットに鼻を近付けていた。
「くんくん…ここ、土の匂いがするんだ」
「ドアの近くなら土があってもおかしくないと思いますが……」
「でも、土の匂いが強いんだ。それに濡れてる。最近雨は降ってないはずなのにおかしいぞ」
「確かにそうですね。あれ…ドアの前にかすかに丸い土の跡がある。何か置いたのかな?」
「アステル、これも同じ匂いだぞ」
「うーん…どこの土なんだろう。タタンさん、外を見てみましょうか?」
内開きのドアを引き外に出ると、近くにいくつかのプランターが置いてある。ヒューズさんはその内の一つをじっと見つめていた。
「ヒューズさん、どうしましたか?」
「ああ、勇者か…ここの花はどれも枯れかけているのだな」
「本当ですね。一週間くらい水をあげてないのかも…かわいそう。あれ、この大きなプランターだけ湿った土が詰まってますね」
「そうなのだ。他の植物の世話はしていないのに新しく種を植えたのか?だがこんなに土を固めては芽が出ぬだろう」
「たしかに…あっ、このプランターは底が割れちゃってますね。土が漏れてます」
それを聞いたタタンさんの耳と尻尾がピンと立ち上がる。
「それだ!ドアの前の土はそのプランターの土の匂いと同じだぞ!」
「えっ!そうだとするとこのプランターはドアの前にあったってことですか…?」
「ククッ、犬探偵クンの鼻は優秀だねえ。俺も証拠を見つけたぜ。ほーら、扉に鍵がかかる。鍵穴も錠自体も壊れてない…勇者サン、わかるかい?」
「ああっ!鍵のかかったドアを無理矢理開けたのなら、鍵がかかるのはおかしいです!」
「ご名答。代わりに扉の下の方に真新しいキズがある。ちょうどそのデカいプランターと同じくらいの高さに…不思議だねえ」
「タタンさん、これって…!」
「謎はすべて解けたぞ!アステル、みんなをリビングに集めてくれ!」
*******
事件の関係者と私たち全員が見守る中、タタンさんが口を開く。
「この部屋はたしかに密室だったんだ。でも、カギはあいていた。犯人はヒガイシャをリビングで刺した後、庭にあったこの大きなプランターに土をつめて、ドアの前に立てかけるようにおいて外に出たんだ。ツーコー人にカギがかかってるってウソをついてプランターをたおしてドアをあけた。犯人はケガしたふりをしてツーコー人を先に行かせて、その隙にプランターを外に出したんだ。土を濡らしたのは重さをふやすためだけじゃなくて、プランターから土をこぼれにくくするためでもあったんだぞ!」
「ククッ、鍵を壊して入るのと重いものを倒して入るのじゃ随分感覚は違うけどねえ。人が死んでるかもしれないって言われたら気付く方が難しいぜ」
「つまり……犯人は郵便配達人、お前だ!」
「…クソッ!」
探偵に指を差された彼は顔を歪めると踵を返し、開け放たれていたドアから逃げていく。
「ま、待ちなさい!」
「くそっ…あいつ、早いな」
私たちも急いで追いかけるが、細い路地を次々と曲がる犯人に徐々に引き離される。ついに見失いそうになった瞬間、犯人の目の前にラーカムさんが颯爽と現れ立ち塞がった。
「なっ!?」
「この俺から逃げられると思うな。さあ、かかってくるがよい!」
「クソッ、死ねえ!!」
犯人はラーカムさんに殴りかかるが、ひらりと躱され、代わりにラーカムさんの持つ杖が犯人の鳩尾にめり込んだ。膝から崩れ落ちて気を失った犯人に私たちもようやく追いつく。
「フッ、口ほどにもない男よ」
「ククッ、イイとこ取りってやつですかい?」
「ラーカム!お前だけずるいぞ!」
「そう吠えるな。これで事件は解決なのだからよいであろう」
「はぁ…俺たちが調べてる間突っ立ってるだけだっただろう…まあいい、俺は寝る」
言い争う四人の傍らでタタンさんは犯人を見ながら何か考え込んでいた。
「うーん……」
「タタンさん、どうしました?」
「アステル、まだこの男が“なんで”殺したのかわかんないんだぞ……」
3 サシャ―ロック・ホームズと第二の事件
「なるほどー。今回の密室トリックは解けましたー」
サシャさんは部屋を一通り調べた後、そう言った。
「ええっ!サシャさん、本当ですか?」
「はいー。まず、犯人は被害者のカップに睡眠薬を入れて眠らせた後、ナイフで刺殺しました。そして部屋を荒らし、本棚から全ての本を抜き取って部屋にばら撒いたんですー」
「この本は本棚が倒れた時に散らばったんじゃないんですか?」
「それにしては本の位置が不自然ですからねー。実際に犯人さんの行動を再現してみます。アステルさん、ちょっと手伝ってもらえますかー?」
「はい、もちろんです」
「では本棚のそちら側を持ってくださいー。底を動かさないようにゆっくり立たせますよー。せーの」
サシャさんと息を合わせて倒れていた空の本棚を立て直していく。その重厚な見た目に反し、一人でも動かせる軽さだった。
「ふぅ…ありがとうございましたー。アステルさん、上を見てください。この本棚の上の部分だけ、天井の色が違うと思いませんかー?」
「あっ、本当ですね。新しいし素材が違うような気がします」
「あとはー、こうして棚を登ってですねー」
サシャさんは棚に足を掛け本棚の上に乗り、手を伸ばしてその頭上の天井を押す。固い板があっけなく外れる音と共に身体が通るほどの穴が開いた。
「犯人さんはここから天井裏に上って、足で蹴って本棚を倒したんですよー。そして天井裏から繋がってる物置の部屋に梯子で下りたんですー」
「なるほど…!サシャさんすごいです!」
「ふふっ、ありがとうございますー」
「でも…犯行時刻は深夜ですし、この家に住む人間なら誰でも出来てしまいますね」
「そうなんですよー。はー、困りましたー。アステルさん、被害者の情報を教えてもらえますかー?」
「はい」
私は手帳を捲り、お医者さんや警察の方から聞いたことを読み上げる。
「亡くなったのはYさん55歳、この館の当主です。昨晩二階の書斎で亡くなりました。その時奥様は二階の寝室、息子さんとメイドさんは一階、執事さんは隣の別邸で寝ていて皆さん気付かなかったそうです」
「ふむふむ、皆さんアリバイは無いんですねー」
「そうみたいです。今クロービスさん達にそれぞれ詳しい事情を聞いて貰ってます。あっ、終わったみたいです」
廊下の先から疲れ切った顔のクロービスさん、ディルさん、スラッシュ、クルムさんの四人が歩いてくるのが見える。
「皆さん事情聴取お疲れさまでしたー。まずはディル、奥様のことを聞かせてもらえますかー?」
「はいはーい。奥様は俺が担当したよ。38歳の綺麗な女性だ。ただ夫婦仲は冷め切ってていわゆる家庭内別居だったみたいよ」
「はー、何かあったんでしょうか?」
「どうやら被害者は女癖が悪かったんだよねえ。16、7年前にメイドと浮気して子供までできちゃったみたいでさ。相当大変だったらしいよ。でも世間体もあるし、自分も妊娠してたから別れなかったって」
「そのメイドはどうなったのでしょうかー?」
「噂になる前に手切れ金渡してクビにしたっぽいね……最低な野郎だぜ」
「なるほどー。被害者の息子さんについて聞いてくれたのはスラッシュくんですねー」
「ああ、俺が聞いた。16歳の…まあエラそうなやつだった。いずれ当主を継ぐつもりでヘラヘラ遊んでたけど、当主の座が被害者の弟に移るかもしれなくてすげえ焦ってる感じだったな」
「はー、焦ってる感じですかー」
「ああ、全然悲しんでなかったぜ。父親のこと嫌ってたんじゃねーか?メイドにセクハラばっかしてたらしいし」
「それは良くありませんねー」
「そのせいでメイドがすぐ辞めるんだってさ。そういや、今のメイドは仕事中によく彼氏と喋ってたらしいし、結構図太いのかもな」
「はー、仕事中にですかー」
「玄関先で話してるのを何度か見たんだとよ。雇われてまだ一週間なのに…つか、そんな大事なことか?」
「一週間……玄関先……」
サシャさんは真剣な表情で少し考え込むが、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。
「あー、次はクルムくん、執事について教えてくださいー」
「う、うん。えっと、執事さんは46歳で、この家には17年も勤めてるらしいよ。息子さんが生まれる前くらいかな。明日から仕事も家も無くなるしすごく困ってるみたいだった」
「なるほどー。被害者との関係はどうでしたかー?」
「良かったみたいだよ。亡くなった方をあまり悪くは言いたくないんだけど…被害者は女性問題が多くて、執事さんが秘密裏に処理していたみたい。妊娠してしまったメイドさんを説得したり、その後もお金を渡しに行ったりしてたんだって…彼女は1週間前に亡くなってしまったんだけど……」
「ふむふむ、メイドのお子さんは今どこにいるんですかー?」
「それが…彼女が亡くなってから行方不明になってるみたい」
*******
「私だけこうして別室で話を聞くということは、犯人はメイドか」
「まだ確定ではありませんが、可能性は高いと思いますー。メイドさんのお話を聞かせてくださいー」
サシャさんと向かい合うように座るクロービスさんは溜息を吐くと話し始めた。
「16歳、女。この家には一週間前から住み込みで雇われている。今朝彼女が被害者を起こしに行くと返事がなかったため、執事と夫人を呼び扉を開けたところ死体を発見した。マスターキーは執事が別邸にて保管しているそうだ」
「はー、セクハラの件は何か言ってましたかー?」
「…彼女は特に話さなかったが。そうだとしても殺人の動機として弱すぎる」
「そうですねー。でも、他の方は被害者が亡くなって明らかに困っています。あと、偶然にしてはあまりにも時期が一致しすぎているんですー」
「時期?一週間前に雇われたことか?」
「はいー。一週間と16年前…これが事件を解く鍵だと思いますー」
サシャさんは黙ってしまい、クロービスさんも頭を抱える。私は部屋に流れる重い空気に耐えられず、何か飲み物をお願いしてきますと言って部屋から出た。
一階に降りてキッチンに向かい、シンクの前に立っていたメイドの背中に話しかける。
「すみません、良ければ何か飲み物を頂けませんか?」
「ふぇっ、すみません気が付かなくてぇ~!すぐにお持ちいたしますぅ~!」
「ありがとうございます。私にも手伝わせてください」
アッサムの香りが漂う。メイドは終始黙ったままだが、どこか落ち着きがなく私の方をチラチラと見ては何か言いたげに口を開きかける。
「メイドさん、もしかして事件について気になることがあるんですか?」
「へっ!?えっとぉ…勇者様達はぁ、殺人事件について調べてるんですよねぇ?」
「はい。この館と街で起こった事件について調べています」
「……街の方の犯人は」
「えっ?」
「あっ…やっぱなんでもない!ごめんなさい~!」
メイドはハッと口を噤むと足早に去って行く。私はたっぷり蒸された紅茶を淹れて運び、サシャさんに今のことを話した。彼は背もたれに身を沈め合わせた指先を口元に寄せる。
「…嫌な予感、いいえ、推理が当たってしまったかもしれませんねー。アステルさん、少しお願いがありますー」
4 酒場にて
「おーい!酒、追加~」
「ダリルさん、飲みすぎですよ」
「んあー?文句言うなら情報教えてやらねーぞ」
「じゃあお金も払いませんよ?」
「はー、お子様が言うようになったじゃねえの。しゃーねえな」
ダリルさんは人差し指を曲げ、私は答えるように顔を寄せた。
「まずタタンの方の事件、Xっていう死んだオッサンはアル中で毎日酔って暴れて娘を殴ってたんだとよ。1週間前に娘は家から出てったが、それがY家の今のメイドらしいぜ」
「そうだったんですか!?だから彼女は犯人を気にしてたのでしょうか……」
「はっ、恩人には違いねえわな。ガキに手をあげるバカは死ななきゃ治らねーぜ。だが、それだけじゃねえ。郵便配達人は母親と2人暮らしだったが、Y家の執事が出入りしてるのを何度も見られてる。つまり、その郵便配達人はYと16年前に辞めたメイドの息子だ」
「ええっ!?私…混乱してきました」
「お子様にはちっと刺激が強すぎたか?こんなド田舎じゃ周知の事実だったみてえだがな。ニンゲンってのは噂好きな生き物だぜ…ったく。人のことアレコレ好き勝手言いやがって…おーい!酒もう一杯!」
「…………」
「何だよ急にしけたツラしやがって」
「し、してません!ただ、何かあったのかなって……」
「お子様が余計な気ぃ使ってんじゃねーよ。今は一刻も早く事件を解決すんだろ?」
「…そうですね。もしかしたら次の被害者が出るかもしれませんし」
顔を上げるとダリルさんがさっきよりも近く、頬が触れる距離にいることに驚く。彼は強いアルコールの香りを纏いながら耳元で囁いた。
「きゃっ!ダリルさん…!?」
「ちょープレミア情報だからな……ここだけの話、郵便配達人とメイドは恋人だぜ」
「じゃあ…もしかして……」
「ま、そーゆーこったな。じゃ、ツケも経費でよろしくー」
「ええっ、待ってください!」
5 エピローグ
こうして二つの事件は解決した。私たちはグランロット王への報告を終えると、また旅へ戻っていく。
「まさか交換殺人だったなんて……」
「はいー。復讐のためであり、恋人のための殺人だったんですねー」
「ぶー…ヒガイシャはサイテーなやつだったけど、殺人はやっちゃダメだぞ!」
「タタンくんの言う通りですねー。ですがお二人ともまだ若いですし、しっかり罪を反省して前向きに生きて欲しいですー」
「そうですね。復讐も、悲しみも…終わらせましょう。私たちの手で」